SSの続き×3

 ドンドン書くよ〜(´∀`*)



 


 目が覚めたらベッドの上に転がっていた。

 瞼を持ち上げるだけで周辺の筋肉が鈍い痛みを訴えた。

 右目には布が当てられていて、開くことが出来なかった。

 殴られた所を手当てされているようで、全身を包帯やら布やらが覆っているのをその馴染みの感覚で悟る。


 一番痛むのは、最後に殴られた腹だった。


 体を起こそうとするだけで、激しい痛みがする。

「クソッ、重すぎるんだよ拳が・・・っ」

 ユシウも目線が高かったが、アザトはそれよりも更に頭一個分たかかった。

 しかも相手は恐らくこういう事を仕事にしている奴だから、鍛え方が違った。

 体がデカイ奴と喧嘩なんて腐るほどしてきたが、やはり格が違った。

 わざわざ見ようとも思わないが、恐らく腹には青痣どころじゃない痣が出来てるだろう。

 殴られた時足が地面から離れたのを思うと、胃が潰れてないだけましかもしれない。

 体が訴える痛みという危険信号を無理やり無視して、俺は起き上がる。

 裸足で冷たい大理石か何かの床に立つ。

 急速に足の熱を奪われるが、打撲や裂けた皮膚が熱を持っているため、むしろその冷たさが心地よかった。 

「・・・夢じゃねぇのな・・・」

 夢であればと思わないはずがなかった。

 夜。

 祭りに強引に連れてこられて、気づいたらこんな所にいた。

 春人の言葉を思い出せば、アイツが俺がここにいる事に一枚噛んでいる事なんて考えなくても分かっていた。

 ―――何でわざわざ俺を呼ぶんだ・・・。
    
 意味が分からなかった。

 どこにいたって、誰といたって、きっと春人は特別になれる。

 俺が生まれた町でも、春人が渡ったこの世界でも、春人は特別だ。

 まるで存在自体が癒しの光を放っているような春人の影に埋もれて、俺は間逆の波に揉まれていた。


 ――お前の兄貴むかつくんだよ。


 最初のきっかけはそんな言葉だったか、記憶は定かでない。

 ただ自分とは全く関係ない春人の話で喧嘩を吹っかけられる事はよくあった。

 最初は聞く耳を持たなかったが、相手が手を出してくるようになって、俺の周りにはそういう事が多くなった。

 持ってるものや、やってる事は真逆でも、春人と同じ顔を殴れるだけで相手は満足なのだ。

 いけ好かないあの顔を、思いっきり殴る。
 
 そう考えるだけで相手は興奮しっぱなしだ。

 春人に対する鬱憤を上手く発散させるためだけに存在しているような時期が、実際にあった。

 中学ぐらいの、妙に色気づく年齢になると惚れた腫れたのどうでもいい理由で囲まれた。

 春人は持て囃される程ではなくとも、やはり人気はあった。

 何かの中心になるわけではないが、その存在は無視されるものではなかった。

 気に食わないお子様の矛先は、同じ顔をした別人に向いた。

 喧嘩を知っている、殴られた痕がっても誰も騒がない、そんな都合のいい奴が。

 中学時代は体に痣が無い日が無かった。

 入学式が終わってからが始まりで、卒業式が終わるまで。

 その頃の俺は家でもどこでも、誰も近づけなかった。

 顔に痣を作ってる俺を見て春人は、何度も喧嘩をするなと俺に泣きそうな顔で言うが虫唾が走るだけだった。

 ――俺は喧嘩なんて売ってねぇよ

 俺はそう返すだけだった。

 春人にキレたり、殴ったりしたら俺を殴る奴らと同じになる。

 俺はあんな雑魚と同じじゃない。

 そう心の中で何度も繰り返し唱えて、奥歯をかみ締めて拳を握り締めた。

 それでもあの・・・。

 日春人が消えたあの日。

 俺は肩に乗っていた何かが少しだけ、消えた気がした。

 
 ―――やっと、楽になれる・・・。

 そう思っていたが、それは甘い考えだった。

 いない人間は最強だ。

 その存在はどんどん美化されて、手がつけられない程だ。

 春人を知る奴はきっと誰もが思う。

 自分達の母親でさえ、思う事だ。


 ―――あぁせめて・・・


 ・・・。

 春人は特別な巫女としてこの世界に渡った。

 「特別な」「巫女」

 大層な肩書きに熨斗までつけて、この世界に春人はどんな存在でいるのか、考えるのも反吐が出る。

 いつも大切に大切にされてきた春人。

 そうされる星の下に生まれてきたのか、そうなるのが運命なのか、知った事ではない。

 愛でられるなら、愛でられればいい。

 だがその皺寄せがこちらにくるなら、俺は大人しくしていない。

 それだけの事だ。




 窓の外は芝生が生えて、少しの距離を置いてすぐに灰色の塀があった。

 一階に位置するこの部屋には、直接日の光は入ってこない。

 いい加減分けの分からない状況に大人しくしているのも飽きたので、俺は躊躇せず部屋の扉を開いた。

 石造りの大層な廊下に惹かれた緋毛氈を裸足でづかづか歩く。

 扉の両脇に立っていた兵士が、慌てて何か言いながら追いかけてくる。

『お、おい 部屋で大人しくしていろ!』

『怪我の手当てが終わったところなんだぞっ』

 何を言っているのか分からない兵士達を完全に無視して、俺は廊下を適当に歩く。

 掴み掛かってくるようなら殴り飛ばしてやろうと思っていたが、その気配はないので、俺は思うまま歩くまでだ。

「チクショ、出口はどこだよ・・・。」

 苛立ち紛れに呟くと、痛む腹に眉を寄せた。

 アザトに殴られた所以外は、いつもの喧嘩で負う怪我に比べたらまだ軽い方だった。

 だが最後の一撃だけは重く、体に相当のダメージを残していた。

 ズクズクと痛む腹に、知らず手を添える。

 不意に背後が騒がしくなる。

 気づけば二人いた兵士のうち、一人がいなくなっていた。

 喧騒の方へ視線をやると、あの男がいた。

 兵士達を率いて歩く、アザト。

 部屋を抜け出して廊下にいる秋吉を見て、何ともいえない表情を浮かべている。

 困ったような、でもどこか嬉しそうな。

 呆れたようなため息を、腕を組みながら吐き出した。

『もう目が覚めるとはな・・・。気絶して一時間ちょっとじゃないか・・・。』

 何ぞ呟くアザトを下から睨み上げる。

『ほら、ユシウとハルトが待ってる。行くぞ。』

 アザトが手を差し出すと、俺は一歩後ろへ下がる。

 アザトの言葉の中に、不愉快な名前が出てきた気がしたからだ。

 警戒を解かない俺にアザトが一度深いため息を吐くと、アザトの腕が素早い動きで俺の腕を捕まえた。

 そのまま強引に引き寄せて、俺はアザトの肩に担ぎ上げられた。

「ぐっ・・・!」

 腹にアザトの硬い肩が食い込んで、激、が付きそうな痛みに思わず声が漏れて肩に手を突いて体を浮かせようとする。

 それに気づいたアザトが俺の体を少し下へずらすが、変なことをしないように脅しているのか、わき腹を掴む手に込められた力が尋常じゃなかった。

 ギシギシと軋む肋骨に、俺は体を強張らせた。

 俺が暴れないのを確かめて、アザトは兵士を連れて廊下を引き返した。