SS続き×8
さくさく書くよろし〜(´∀`*)
執務室を出た後、アザトは将軍である自分の仕事部屋へ向かった。
道中、頭の中で秋吉をどうやって逃がすかをフル回転で考えながら。
―――一番簡単な事はアキを御手に差し出すまでに道中で賊に襲わせるのが一番だ。攫わせて安全なところに逃がす・・・
だがそうすると一生秋吉は逃げて隠れる生活をせねばならなくなる。
神子である春人と同じ顔の秋吉は家から出ることも出来なくなってしまう。
到底そのような生活が出来るはずもなく、アザトはその明晰な頭脳を悩ませていた。
身代わりが効くようならわざわざ秋吉を呼び寄せる事もしなかっただろうし、今から仕立て上げるのは時間が無さすぎた。
春人の影を歩く事を余儀なくされた秋吉。
彼の体を見た時、アザトは衝撃を隠せなかった。
同情だ、自己満足だと言われるかもしれない。
だがこれ以上、秋吉に春人の皺寄せで傷つくような事はあってほしくなかった。
きっと秋吉には癒えない体の傷と一緒に、今だ薄く膜を張っただけの治り掛けのケロイドのような傷が沢山心にあるだろうから。
いや、まだ治る兆しの無い、今だ大量の血が流れ出す深い傷が幾つも残っているはずだと、アザトは感じていた。
そして今回、この世界に呼び出された事によって一気に血が溢れた事だろう。
それが、あの涙だと思った。
兵士に囲まれた時。
空を見上げた秋吉のまなこから零れた大粒の涙。
それを見た瞬間、アザトは彼を呼んではいけなかったと全身が総毛立つ気持ちで悟った。
あの涙が再会の感動の涙でないことは直ぐに分かった。
秋吉の春人の態度、そしてユシウの春人に対する態度が、秋吉の心を穏やかでいさせない原因である事は想像に難くない。
アザトは心に誓った。
呼び出せたなら返せるはずだ。
自分の仕事部屋に向かっていた足を、そのまま春人の部屋へと向かわせた。
『え、秋吉を向こうへ返せるかって?』
朝一番ではないものの、朝の早い時間からアザトが自分を訪ねてくるのが珍しい春人は、お茶を出してその来訪を持て成した。
そして挨拶もそこそこに、尋ねられた内容を反芻した。
『正直分かんないだ。向こうは俺のいた世界だから、向こうから持ってくる事は出来るんだけど、こっちの世界のを向こうに持ってくのは上手くいかなくて・・・。』
申し訳なさそうに俯く春人に、いや、すまない。と言葉を描けながらも、アザトは心中で両手を上げていた。
送り返すことも出来ないのか・・・。
彼にとって一番いいのは元の世界に戻ることだ。
少なくともこの世界にいるよりはいい事だろう。
そう思って春人に尋ねたが、春人も確実に送り返せる自信は無いと言う。
花を送れば数枚の花弁がこちらに残り。
壷や皿を送れば半分はこちらに残る。
これを生き物でやったら悲惨どころの話ではなくなるので、春人は自然と此方から元の世界へ物を送る試みはやらなくなった。
『で、でも・・・!! 秋吉は元々向こうの世界の人間だし、もしかしたら上手くいくかもしれないから!』
必死の春人の言葉は、秋吉を元の世界に戻せないかと問うアザトの真意を汲んでの言葉だろう。
春人も、少なからず自分が秋吉に与えている影響の事は承知している。
この世界に呼ぶのも、ユシウにしつこく頼まれない限り思いつきもしなかっただろう。
できれば返してやりたい。
春人もひっそりと心の中で思っていたし、チャンスがあれば自分一人ででもやろうと思っていた。
アザトという協力者が現れる事は、春人にも嬉しい誤算だった。
『そうか。なら、やるなら早いうちがいい。ユシウの仕事の予定を見て、俺のほうも調整する。アキは俺が無理やりにでも連れて行くから。』
『分かった。俺も秋吉の着てきた服とか探しとくよ。』
そう言ってニコリと笑う春人と約束を交わしたアザトは昼過ぎ、ユシウの執務室に呼び出された聞かされた話に、足元が崩れていくのを感じた。
『今日これから、アキを神の御手に差し出す儀式を行う。』
『こ、これから!?』
『そうだ。悦ばしい事は早い方がいいだろう。それに、あまり引き延ばしにしてハルトが変に懐いてもやりにくいからな。』
やると決めた事に決断も行動も早い王にいつもは関心ばかりしていたが、この時は苛立ちしか覚え無かった。
『し、しかしまだ準備が出来ていないだろう。山に行くなら輿を用意したり列を組む神官や兵士もいるだろう。』
『継承の報せが入った時点であらゆる準備を始めさせている。あとはその輿の中身を用意するだけだ。それに兵士なら正装鎧を着せるだけでいいのだから簡単だろう。神官とて同じ事だ。』
そう言って執務机の前に立つアザトを見上げる。
ユシウの段取りのよさにも舌打ちしか出てこない。
『お前はアキにこの枷を着けて連れて来い。』
そう言って差し出された枷は、黒く重い鉄で出来ていた。
開いた状態のその枷に鍵は無く、一度嵌めれば二度と外すことが出来ないようになっていた。
この国でこの枷を嵌められるのは、二度と自由に生きることの出来ない、死刑囚か奴隷だけだった。
『っ!!!ユシウ!!!』
『お前は俺がアイツを呼ぶ理由を知って尚、アイツをココに呼ぶ事を止めなかった。今更後悔や躊躇などするんじゃない。』
そう冷たい蒼い目で告げられ、アザトの心臓は大きく跳ねた。
胸にぐいっと枷が押し付けられる。
『私は民に選ばれて王になった。この国と民とハルトのためならば、私はどんな非道な事でもする。』
握った枷を、アザトは捨てる事も出来ずに歯を食いしばっていた。
昼過ぎ、部屋に入ってきたアザトの様子が変な事は直ぐに分かった。
暗く悲痛な面持ちでこちらを見る奴の手には、重そうな枷が握られていた。
「・・・。」
何を言われたわけでもないが、当然その枷は誰に嵌められる為に持って来られたかなんて考えなくとも分かる。
此方に近づくアザトに、俺は咄嗟にその脇をすり抜けて逃げ出そうとした。
だが体がデカイ分腕も長いわけで、直ぐに捕まえられて床に引き倒されてしまう。
「ぐっ・・・!!」
仰向けにひっくり返され、馬乗りに跨られてまず腕に枷を掛けられた。
ガキッ、と鉄の咬む絶望的な音が響いた。
鍵穴の無いそれが、容易く外せるものでない事は直ぐに分かった。
「このッ…!」
罵りの言葉を吐く前に、棒状の猿轡を咬まされる。
ぐいっと口の置くまで押し込まれ、ベルトで頭の後ろで固定される。
そして肩に担ぎ上げられ、暴れる足を片方ずつ捕まえて枷を付けられた。
枷を付ける間一言も喋らないアザトに、只ならぬ雰囲気を感じ取っていた。
これから自分の身に降りかかる碌でもない事を想像しながら、俺はアザトに荷物のように担いで運ばれていった。