SS続きの続き

 波がきているうちにドンドン書こうね(´∀`*)







 目の前に広がる景色は真っ青な空。

 まぶしい太陽。

 眼下に広がる黄色いレンガの広い階段。

 そして、目の前で微笑む双子の兄。

 春人がいた。

 
 水の雫が前髪から滴り落ちて、ぱたりと小さな音を立てた。


「秋吉久しぶりっ、大きくなったね。」

 記憶に違わぬ春人の柔らかい声。

 俺の心を一番ざわつかせる声だ。



 俺はまだ、自分に何が起きたか理解できていなかった。





『ハルト、儀式は成功したのか?』

 不意に誰かの声がした。

 聞いたことの無い言葉で意味は分からなかったが、春人を呼んだのは分かった。

 声の主に視線をやると、また俺は驚かされる。

 日に焼けた肌、黒い髪に空のように鮮やかな蒼の瞳。

 肩を大きく露出する衣装は砂漠の民を連想させ、見える肉体は鍛え上げられていた。

 階段を途中まで上がってきている所なので、まだこちらが見下ろす形だが 見上げるほどの長身である事は想像に難くない。

 まるで御伽噺に出てくる砂漠の王様のような彼に、俺は唖然としたままだった。

 そしてその少し後ろから付いているのは帯刀した兵士だった。

 兵士と言っても鎧を纏っている訳ではなく、むしろ上半身は裸だ。

 が、目の前の男よりも幾分荒っぽさが伺える雰囲気をしていた。

 数人の兵士の前に立つ、大男がその兵士立ちのトップなのだろう。

 俺が危害を加えないかじっと警戒しているのが、その厳しい視線からみてとれた。

『ユシウ!』

 春人が黒髪の男を蕩けた微笑みで迎えた。

 春人の隣に立った男は慈しむように春人を見下ろしている。

 仲睦まじい二人。
 
 二人の間柄は、想像しているものとそう大差ないだろう。

 俺は頭の一部が真っ白になったまま、二人を見ていた。




 どうして 俺がここにいるんだ。

 どうして 春人が俺の前にまた現れたんだ。

 どうして どうして

 一体何が

 幸せそうな春人

 春人をきっと愛している男

 春人がきっと愛している男

 
 巫女だった春人

 100年に一度の 特別な巫女

 異界で王様に付き従う



 ここは、春人の世界。

 特別な春人が もっと 特別になった 世界。




「秋吉、紹介するよ こっちがユシウで・・・」

 俺の手を握って嬉しそうに男を紹介する春人の手を、俺は力任せに振り払った。

「・・・っ」

『貴様!』

 ユシウという名の男が春人を腕に庇い、腰に下げていた剣をこちらに突きつける。

 俺はまだ思考が定まらないまま、反射で振り払った春人を見る。

   心なしか、体が震える。

 そしてその春人を庇うユシウ。

   浴びた水だけでない何かが、じわりと肌を伝い落ちる。

 こちらの動向を伺う、下の兵士たち。

   こちらに向けられる視線に、俺は硬い動きで空を見上げた。

   一気に、体中の力が抜けた。

 


 ここも 同じだ。




 つ・・・、と両の眦から大粒の涙が伝い落ちた。

「っ、秋吉・・・?」

 涙に気づいた春人が、気遣わしげに手を伸ばしてくる。

 その手をパンッ、と音がする程度には強く弾いた。

『貴様っ、一度ならず二度間でも!いくらハルトの兄弟でも許さんぞッ!!』

 突きつけた剣を、今度は首に触れる寸前にまで近づける。

 理解できない言葉で恐らく俺を責める男を、俺はギッ、っと睨んだ。

「あんだテメーは、やんのか、コラ・・・」

 恐らく意味は理解できなくても喧嘩を売られた事は理解できたのだろう、男は皮膚に剣を浅く寄せて脅してくる。

 首を伝う感触なんて気にも留めず、俺は男へづかづか近づく。

「っ、秋吉止めて!」

 春人が男の腕の中から咄嗟に飛び出て、俺を体で止めにくる。

 そんな春人を俺は薄く水が溜まってる足元に容赦なく引き倒す。

『ハルト!』

 剣を突きつけていた男が叫ぶと、階段にいた兵士たちが駆け上がってきてあっという間に包囲された。

「喧嘩も自分でできねぇ腰抜けか・・・ッ」

 包囲された俺から剣を引いて春人に構う男を見て、吐き捨てる様に言うと、ユシウがギロリと視線をこちらに向ける。 

『アザト、構わん。ハルトに手を上げた事に対して仕置きをしてやれ。』

『だがユシウ、こいつはハルトの・・・』

『構わん。私にとってハルトより優先させるものは何も無い。』

『ユシウ!駄目だよ・・・ッ』

 ユシウと兵士の頭とハルトで交わされる会話は理解できない。

 その間俺は、俺の目の前にいる若い兵士にガンを飛ばしていた。



 居心地の悪い空間。

 ざらざらと、心にやすりを掛けられてるようだった。

 キシキシと頭のどこかか軋む。

 出来る事なら、消えてしまいたかった。


 目の前の兵士は、俺の表情の変化に僅かながら戸惑いを浮かべているようだった。

『気を失ったら、手当てをして部屋へ運べ。』

『あ〜、はいはい。分かったよ、頑張って手加減させるよ。』
 
 最後に言葉を交わし、ユシウは春人を抱いて階段を下りていった。

 そして兵士の頭―――アザトがこちらに向き直った。


『じゃぁお前ら、ちゃちゃっとじゃじゃ馬を気絶させてくれ。』


 アザトは包囲している兵士立ち寄り一歩下がった所で命令した。

 
 アザトとしては、不意打ちで気絶させて終わらせるつもりだった。


 いくら王であるユシウの命令でも、御遣いのハルトの双子の弟を手打ちにするのには抵抗があった。

 だから出来るだけ怪我など負わせないよう、おそらく王も自分ならそう判断すると思って、ああ言ったのだろうと思った。

 だが、アザトの予想はまるで外れてしまう。

 秋吉の死角にいた兵士に目配せで合図を出したら、項目掛けて手刀を放った兵士が思いっきり投げ飛ばされたからだ。

 それも何かの技とかそういう華麗なものではなく、力任せに、強引に、文字通り投げ飛ばしたのだ。

 投げ飛ばされた先にいた兵士も巻き込んで、野太い悲鳴が上がった。

 アザトが目をひん剥いて驚いている間も、秋吉は足を広げて重心を低く落として全身のセンサーを全開にして周囲の兵士を警戒していた。

 また死角の兵士が秋吉に飛び掛ると、今度は回し蹴りをお見舞いした。
 
 攻撃をしている間にまた別の兵士が飛び掛ると、肘鉄やら膝やらで滅多打ちにする。

 勿論、秋吉も何発か顔や腹に喰らってるが気絶する気配なんて無かった。

 秋吉は兵士を容赦なく階段の上から放り出していく。

 そうこうしてる間に兵士たちは全員、階段に放り出されてうめき声を上げていた。


 その場に立っているのは、アザトと秋吉だけになった。

 秋吉の場合、立っていると言っても足元はフラフラで立っているのがやっとなのが見て取れる。

 殴られた唇が切れて血が伝っている。

 服で見えないが、体もきっと相当殴られている。

 だが、アザトを睨む目は苛烈さを失っていなかった。


『・・・。お前は、本当にハルトの双子の兄弟なのか・・・?』


 ハルトは優しく穏やかで、人を殴ったりするなんて恐らくした事は無いだろう。
 
 勿論、暴力を振るわれた事も無いだろう。

 そして恐らく、今までそんな事をしなくてもよかったのだろう。

 だが今目の前にいる男は、ハルトとは正反対だった。

 殴る事にも、殴られる事にも慣れている。

 穏やかさとは無縁の、ピンと張り詰めた獣のようだ。

 まるで手負いの獣のような。

 ―――まぁ今は文字通り手負いなのだが・・・。

 心の中で呟くと、アザトは秋吉の目の前に立った。


『いやいや、まさか俺が手を出すハメになるとは。想像もしてなかったな・・・。』

 呟いて、軽く拳を鳴らす。

 秋吉がぐっと顎に力を入れるのが見えた。

 アザトは知らず、秋吉の気骨ににやっと笑みを浮かべた。 

 アザトは体格の差や、秋吉の体力を考えて拳を放った。

 どかっ という鈍い音がして、秋吉の体が大きくぶれたが秋吉は倒れなかった。

 足が一歩下がるが、その足に力を入れて踏ん張り反り返った上半身のままアザトを睨みつける。

 体を起こし、息を吐いて頭一個分違うアザトを下から睨み上げる。


「手加減してる拳何ざ、俺には効かねぇんだよ・・・ッ!!!」

 
 吼えてから、秋吉は水が浅く張られてる地面を蹴り、男の腰に下がっている剣に手を伸ばす。

『!!』

 アザトは剣に伸びる秋吉の手に、咄嗟に拳を繰り出した。

 咄嗟に繰り出したせいで手加減が出来ていないそれは、秋吉の鳩尾に見事に命中した。

「っ!!!」

 うめき声さえ肺に押し潰されて零れず、秋吉はそのまま意識を失った。

 支える力をなくした体を支え、アザトは腕の中の青年を見下ろした。

『とんでもねー奴だな・・・。』

 そういってぽりぽりと頬をかき、階段で今だ呻いている部下たちを一瞥し、ため息を吐いた。

『まだまだ修行が足りんな・・・。』


 ―――ま、それは俺も同じか・・・。


 アザトは秋吉を腕に抱え、手当てをすべく階段を下りていく。

 傷で呻く部下たちを跨いで。